<私たちの主張のリスト>に戻る | <主張02>へ戻る <主張04>へ進む
小さいけど 頼りになる
完全一対一の桑原塾

(私たちの主張03)

できるだけ『勉強との親しい関係』を築き上げよう

 私たちがわざわざ、『勉強との親しい関係を築き上げよう』などと述べるのは、子どもたちや大人たちの多くが、勉強に対して緊張し、身構えているからです。
 あるいはまた、その裏返しとして、試験に合格して、尊大になってしまっている子どもたちや大人たちの姿も見られるからです。

 私たちが目指すのは、勉強を、まずは『遊び』のように捉えることです。(⇒<私たちの主張04>「勉強」は、もともと『遊び』だった をご覧ください。)

 その上で、質的にも量的にも、かなりの「勉強」をしてほしいのです。


必要な勉強の質と量

 今普通に行われている「勉強」が、質的な意味から言って、決してレベルが高くないことに注意しなければなりません。高い質とは、今までの自分や人と比べて、連続的に高くなるのではなく、一段飛び抜けることです。(⇒<私たちの主張05>『鵜呑み吐き出し方式』から抜け出すためには をご覧ください。)

 また、量的な意味においては、「中学入試の時には、一番勉強したよなあ」というように、少年時代に『強いられた勉強』のピークを持ってくるのは、あぶないことのように見えます。(いわゆる『パンツのゴムの伸びてしまったような・・・』になってしまいます。)

 年齢が低い時には、多くの時間が、『強いられた勉強』としてではなく『遊び』に近いものとして、費やされなければならないのです。


できることは、あまり繰り返さない。薄皮一枚分だけむずかしいことをする

 できることを繰り返しても面白くない。その子の理解の度合いよりを薄皮一枚分だけむずかしい問題、あるいは、座布団半分だけテーマがずれている問題で「勉強の面白さ」を感じてもらう。それが、大人のつとめであると思います。


 繰り返しますが、年齢が低い時には、多くの時間が、『強いられた勉強』としてではなく、『遊び』に近いものとして、費やされなければならないのです。
 そして、薄皮一枚分だけむずかしい問題に面白さがあると『自覚』したところで、初めて勉強を強いるのです。『自覚』の程度に応じて、勉強の時間が増えていくのです。



 私たちがそのために力を入れてきたのが、小学生の<頭脳の活性化>のコースです。
 勉強の周辺の『遊び』のようなことから始め、いつの間にか勉強の核心に攻め上っている、ということを目指すコースです。(⇒<コース一覧> を参照してくださいませ。)



<私たちの主張のリスト>に戻る | <主張02>へ戻る <主張04>へ進む
このページの頭へ戻る

(2008年5月29日分割改訂、2018年10月2日更新)